Posted by molk at 古本買取「創育の森」|カテゴリー古本屋店主見習日記

専門書買取_石川県金沢市

今月上旬に古本出張買取の依頼を受けていたのですが。
申し込みされたお客様がインフルエンザにかかってしまい。昨日、またまた、金沢に行ってきました。

大学院で源氏物語を研究されていたとの事で、源氏物語やその研究書が中心の買取となりました。中には明治時代の書籍等もあり驚きです。
「源氏物語」だけでも、6種類。絶版の本などは国会図書館等へ行き、コピーし、綺麗に製本されていました。ご自分でコピーされた資料だけでも、ダンボールに2箱はあります。さすがにコピーされたものは、貴重なものではありますが、売るわけにはいかないので、値段をつけるわけにはできませんが、源氏物語の世界に深くのめりこんでおられたのだなと、査定をしながら感慨深いものがありました。

お客様は何件かの古本屋さんに電話されたみたいです。

「古本やさんて必ず部屋が何階にあるか聞くんですよね。2階ですというと、電話の向こうで、あからさまにため息をつく古本屋さんがいて驚きましたよ。本を運ぶのも古本屋の仕事の一部なのにがっかりしました」
「創育の森さんは本を大切に扱ってくださるような気がしたんで、お宅に決めたんですよ」

最初の言葉にどきりとしてしまいました。

部屋が何階にあるかは古本屋にとってはやはり重要な事で、階数によって作業時間が違ってきます。更に、老齢化した古本屋の主人にとっては、階数によって疲労度が指数関数的に増えてきます。4階ともなると車に荷物を積んだ後しばらく身動きができなることも。
最近は、私のことが心配なのか店主のローズも一緒についてきてくれるようになりました。ですから最近の買取は快適です。

40分ほどで査定が終わり、引き取りも含めて300冊程度の買取でしたが、目一杯の値段を付けさせていただきました。

素晴らしい本をありがとうございました。


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2009年04月01日 | Comment(0) | TrackBack(0) |タグ:古本屋

Posted by molk at 古本買取「創育の森」|カテゴリーklomの独り言

ゆるんだネジ

朝日とともに目覚め、夕日とともに床に就く。
そんな生活をすれば1日の平均睡眠時間は12時間になるのかな。
冬は長くなり、夏は短くなる、短い夏にしたところで8時間は眠っている事になるだろう。
自由業で人と会うことも出張買取以外はめったに無い。外的な圧力も、内的な規律も失うと人はどうなるのだろうか。目覚ましをかけないで寝ていると私の場合は睡眠時間が10時間程度になり、1,2時間ずつ1日のサイクルがずれていく。1日が26時間ぐらいだと、サイクルが合うのだが、地球はほぼ24時間に1度自転している。どうにもサイクルが合わないのだ。
どこか社会という枠組の外に暮らしているようで、午前3時にブログを書くというおかしなことになってしまう。家庭の中でも私は外の人になってしまっている。生活時間が無軌道なのだ。無軌道というよりは軌道修正を忘れてしまっている。どこか非社会的になっている。もちろんローズに怒られ、時々は軌道修正を試みるのだがいつのまにかずれている。太陽が昇る前に眠る事、それがさしあたり、社会化への第一歩だ。

たぶん、出張買取が少ないせいだろう。毎日のように買取があれば、そうそう寝ているわけにも行かない。眠い目をこすりながらでも、買取に出かけるだろう。外的要因に頼らないとまともにいきていく事ができないってところがあまりにもなさけないような気もする。いや、はっきり言って情けないのだ。セルフコントロール能力ゼロ。そんな人間は、人様に使われて初めて社会化するのかもしれない。

自然に生きるって事と自堕落に生きるって事は違う事なんだろう。1日が24時間の世界に生きていると、身体の自然に任せて生きている私のサイクルはずれていき、24時間サイクルで動いている社会の目から見ると自堕落極まりない。もし、地球の自転が26時間周期になれば、私のサイクルと地球のサイクルが一致する。私は、労せずして社会に適応できる。そうすると、今まで24時間周期で生活してきた社会の方はどうなるのだろうか。きっと、多少の戸惑いの後、社会は26時間のサイクルで動き始めるだろう。

1日を26時間とするのは混乱を招くので、地球の自転を24で割った、今よりもゆったりとした1時間が制定される事になるだろう。

そうなった時、もし、私が午前3時にブログを書いていたとすればどうだろう。それこそ、自堕落そのものだ。何の弁解もできない。でも、なんとなくそうなっているような気がするから怖い。

きっと、どこかに緩んだねじがあるのだろう。さっさと見つけて締め上げたほうがよさそうだ。


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Posted by molk at 古本買取「創育の森」|カテゴリーklomの独り言

松の木の先端がゆっくりとアーチを描き地面に崩れ落ちた。
あっけないくらい簡単に、両手に持ったのこぎりはその幹を引き切ってしまった。
庭に3本の小さな松の苗木を植えたのは11年前。
出遅れた1本は伸びゆく2本の松に太陽を奪われて3年目に枯れた。
あまりにも隣接して植えてしまった。

残った2本の松は太陽を求めて、競うように伸びていった。
2階の屋根に届きそうな勢いだった。

そのうちの1本を今日切った。
松は11年の生涯を終えた。
人を殺せば罪になるが、木を殺しても警察は来ない。でも、罪はあるのか。

迂闊だった。
小さな苗木が大きくなる。
そんな当たり前のことが想像できなかった。
自然の中に暮らしているようで、その力ずよさ、生命力を学んでいない愚かさを恥じた。

庭には2本の白樺の苗が春の日差しを浴びている。
昨年の秋に、向かいの家からいただいた苗だ。
親木は10mになろうかという大きさに育っている。
10cmほどの苗だが十分な間隔をとり植えてある。
今度は大丈夫だろう。

でも、50年後は大丈夫だろうか、ふとそんな事が心を掠めた。
100年後は、200年後は。

そこまで、考えた後で笑ってしまった。
そんな頃にはとっくに僕の方が消えている。

「長生きしろよ」

小さな2本の白樺の苗木に言葉をかけてみた。
返事はない。
余計なお世話か。

自然はその摂理のままに生きている。
やはり余計なお世話だ。

我が家から倉庫へと降りていく、大きな弧を描く落差のある道に沿って桜の大木が並んでいる。
今日は満開の花びらが日の光を浴び弾んでいた。

桜の花びらの下にたたずむカモシカが、じっと僕を見つめている。
僕よりもはるかに深く年輪を刻んでいるその桜は、何度目の花びらを春風に揺らしているのだろうか。

倉庫からの帰り、大きなカーブの手前、その桜はヘッドライトに照らされて、白く輝いていた。満天の桜に抱かれ、穏やかなGを感じながら、僕は大きく180度回転する。回りきったところで、白い毛にうっすらと灰色が混じったウサギが道路を横切っていく。ウサギも夜桜を楽しんでいるのだろう。森もすっかり春の気分だ。

大きなあくびをして、熊もそろそろ目を覚ます。

西行が吉野の桜を詠んでいる。
天智天皇も吉野の桜を愛でている。
弥生の人も見ただろう。
縄文の人も見ただろう。

そんな桜を僕も見ている。
君は見たか。


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2009年04月09日 | Comment(2) | TrackBack(0)