スイッチョン

昨日朝早く起きて、家族3人で金沢へ行ってきた。
金沢は私にとっても思い出の土地。若い時期に2年ほど暮らした場所だ。実際に暮らしていたのは卯辰山という山中だった。
主な目的は娘のショッピング。街好きな娘の要望に応えたドライブだった。が、そこには多少ながら、親の好みも反映され、ショッピングの前に朝の千里浜ドライブウエイの砂浜を車で走り、潮に足を浸し、珍しい桜の花びらのような紋様のある貝?を拾った。
10時に最近できた駅前のショッピングビルに向かう、さすがに女2人のショッピングに付き合うのは大変なので、私は駅の近くにあるブックオフに一人で向かう事にした。
ブックオフについてしばらくしたら、単行本のセールをやっている事に気づき、棚を眺めてみる。ここで、古本屋の嗅覚が騒いだ。かなりいい本が並んでいる。私の地元のブックオフとは大違いの本の質。
古本屋はブックオフでも仕入れをする。見る間に黄色いカゴに本が一杯になっていった。いつの間にか4時間が経過していた。途中から合流した、妻と娘に手伝ってもらい、カゴを4つ持って会計を済ます。遊びに来たのに、仕事をしてしまうあたりが、貧乏古本屋の貧乏たる所以なのかもしれない。
次に、若い頃良く遊びに言った竪町に向かう。当時の面影はかけらも無く、垢抜けた商店街になっていた。娘は水を得た魚のように、店から店へと泳ぎ回る。私達夫婦はその後を、侍従のように付き従う。子どもながらに経済観念の発達した貧乏古本屋の娘は、値札を見ながら時にため息をつく。それでも気に入った服が見つかったようで、嬉しそうに店を出た。辺りには夕方の気配が漂い、若者達の姿が増えてきた。
私達は、夕映えの街を後にして、卯辰山に向かった。夕焼けを見ようと思ったのだが、少し遅かった。墨を混ぜ合わせたような青はすでに薄紫からグレイに変わりどんどんと明度を下げていた。それに対抗するように、眼窩の街がキラキラと夜の装いをまとい、見上げる空には1番星がだんだんとその姿を現してきた。私は昨夜一人で見たペルセウス座流星群を娘にも見せてやりたいと思いしばらく空を眺めていたが、首が痛くなるだけだった。
山を降り、行燈で照らし出される町並みが美しいと聞いた西の茶屋町にいってみたが、余りにもイメージと異なる景観に3人で肩を落とした。
その後、トイレを済ますために立ち寄ったブックオフで私は、又も古本屋のおやじに戻り20冊ほど本を購入。これで1時間は使っただろうか、娘が待ちつかれてしまったようだった。
少し遅くなった夕食に、何を食べたいかと娘に聞くがはっきりと応えない。私はラーメン、妻はすし。じゃ、すしにするかと娘に尋ねると、安い物でいいよと応える。娘は私達の懐を心配しているようだった。娘にそんな心配をかけてしまうような自分の不甲斐なさに心を馳せながら、私は国道8号線の車の流れを目で追っていた。結局、遅い夕食はラーメンになり、初めて食べた店のラーメンの味について、3人の批評会が始まり、最後に一つ残された餃子を、妻が私の口に放り込んでお開きとなった。すでに、午後の10時30分を過ぎていた。
来る時は高速で来たが、帰りは山越えの道を走り家路に着いた。30分早く着く事よりも、高速代をケチる方が我が家にとっては優先事項だった。山田太郎君の影響だろうか。むしろ、それが、私の若い頃からの習性なのだろう。以前、北海道に3週間ばかり家族4人で20泊程度の旅行に出かけた事がある。カニも食べカヌーに乗り、山に登り、ラフティングも楽しんだが、かけた費用はフェリー代を含めて20万円足らず。今の時代に、旅行会社のツアーに参加して家族4人で20泊するといったいいくらかかるのだろうか。大体20泊するようなツアーは見たことも無い。北海道は20泊してもまだまだ足りないくらい大きな自然に包まれていた。
家に帰り、しばらくすると、ローズが叫んだ「流れ星だ」。
そこで夜中の1時過ぎに家族3人で家の前の道路に寝転がり、外灯の光で以前よりも明るくなってしまった山の空を眺める事にした。流れ星の数はそんなに多くは無かったが、「あ、でた」「えー、見損ねた」「でた」「どこ」と小一時間盛り上がった。10個近くの流れ星を見たのだが、願いを掛ける暇も無く闇の中に消えていった。
藪のなかではハタケノウマオイがスイッチョン、スイッチョンと鳴いている。よく聞いていると時々最後の「チョン」を忘れている時がある。そうかと思えば、鳴き終えて3秒も過ぎた頃に「チョン」と最後の仕上げの声を上げる事もあり、それがとてもユーモラスで、人間くささを感じてしまう。一分の虫にも五分の魂という言葉を思い出してしまう。一分の体に五分の魂じゃ大きすぎるという茶々も入りそうだが、魂とは体に入りきらないからこそ、魂と呼ばれるのだろう。
3人の日帰り家族旅行はハタケノウマオイの「チョン」によって終止符が打たれた。

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