松の木の先端がゆっくりとアーチを描き地面に崩れ落ちた。
あっけないくらい簡単に、両手に持ったのこぎりはその幹を引き切ってしまった。
庭に3本の小さな松の苗木を植えたのは11年前。
出遅れた1本は伸びゆく2本の松に太陽を奪われて3年目に枯れた。
あまりにも隣接して植えてしまった。
残った2本の松は太陽を求めて、競うように伸びていった。
2階の屋根に届きそうな勢いだった。
そのうちの1本を今日切った。
松は11年の生涯を終えた。
人を殺せば罪になるが、木を殺しても警察は来ない。でも、罪はあるのか。
迂闊だった。
小さな苗木が大きくなる。
そんな当たり前のことが想像できなかった。
自然の中に暮らしているようで、その力ずよさ、生命力を学んでいない愚かさを恥じた。
庭には2本の白樺の苗が春の日差しを浴びている。
昨年の秋に、向かいの家からいただいた苗だ。
親木は10mになろうかという大きさに育っている。
10cmほどの苗だが十分な間隔をとり植えてある。
今度は大丈夫だろう。
でも、50年後は大丈夫だろうか、ふとそんな事が心を掠めた。
100年後は、200年後は。
そこまで、考えた後で笑ってしまった。
そんな頃にはとっくに僕の方が消えている。
「長生きしろよ」
小さな2本の白樺の苗木に言葉をかけてみた。
返事はない。
余計なお世話か。
自然はその摂理のままに生きている。
やはり余計なお世話だ。
我が家から倉庫へと降りていく、大きな弧を描く落差のある道に沿って桜の大木が並んでいる。
今日は満開の花びらが日の光を浴び弾んでいた。
桜の花びらの下にたたずむカモシカが、じっと僕を見つめている。
僕よりもはるかに深く年輪を刻んでいるその桜は、何度目の花びらを春風に揺らしているのだろうか。
倉庫からの帰り、大きなカーブの手前、その桜はヘッドライトに照らされて、白く輝いていた。満天の桜に抱かれ、穏やかなGを感じながら、僕は大きく180度回転する。回りきったところで、白い毛にうっすらと灰色が混じったウサギが道路を横切っていく。ウサギも夜桜を楽しんでいるのだろう。森もすっかり春の気分だ。
大きなあくびをして、熊もそろそろ目を覚ます。
西行が吉野の桜を詠んでいる。
天智天皇も吉野の桜を愛でている。
弥生の人も見ただろう。
縄文の人も見ただろう。
そんな桜を僕も見ている。
君は見たか。

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