先日降った雪がようやく溶けて、庭の地面が所々見えている。
青空と太陽の光に、春の到来を感じてしまうが、いくらなんでも早急すぎる。これからが冬の本番だ。
冬は少しずつ自らの到来を教えてくれる。
外に出たとたんに白く光る息、凍りつくワイパー、冷たいシート、すべるタイヤ、ガリガリとうなる路面、灰色の空に同化する山並み。
3日前の事だ。
また、明日から寒くなるらしい。
2度目の寒さは、もっと厳しくなるだろう。雪に埋もれる正月元旦。
埋もれて身動きできなくなるのは困るが、なんだかそれも悪くないような気もする。大晦日から降り続く雪が、薄い膜を重ねていく。幾重にも幾重にも重ねられていき、玄関のドアを塞いでいく。
いつまでも暗い1階のリビング。
天窓を眺めてはじめて朝の訪れを知る。
急いで2階に上がる。
窓のところまで積もった雪に言葉を失う。見回せば、隣の家の住人も2階の窓から顔を出している。
「あけましておめでとうございます。」
「とんでもなく降りましたね、雪」
「ほんとにね」
「やみそうにありませんね」
翌朝、目が覚めた。
さっそく2階に上がってみる。
真っ暗だ、完全に雪で埋まっている。
リビングに降りて、天窓を見る。天窓にも雪が積もり光は入ってこない。
テレビをつけてみる。
北陸地方は10世紀ぶりの大雪に見舞われ、都市機能が麻痺。自衛隊が海上から上陸し、公共施設を懸命に掘り起こしているらしい。
ヘリコプターから実況しているアナウンサーの声とともに、テレビの画面に雪原に突き出たビルがところどころ見えている。
「このあたりは住宅街なのですが、人家はまったく見えません。完全に雪の下に埋もれている模様です。ところどころビルが残るだけで。住宅街は雪に飲み込まれてしまったようです」
実況の声は興奮に上ずり、最後は悲鳴のようにも聞こえた。
幸いおせち料理や、年越しの買いだめの材料があった。ニュースでは雪の重みで倒壊した木造家屋がかなりの数にのぼり、多数の人が圧死したと叫んでいる。
どうやら雪のほうは大晦日から7日間降り続いてその後やんだらしい。
平野部での積雪量は6mを超えた。だとすると私が住んでいる山間地では10m以上積もっただろう。町のほうでは7日から本格的に除雪作業が開始され、10日現在かなり復旧しているらしい。こんな山奥まで自衛隊が助けに来てくれるにはまだ何日もかかるだろう。
固定電話はつながらないが、携帯は繋がる。インターネットはケーブルが切れているのか繋がらない。
アマゾンの注文が気になるので、携帯で確認してみると、大晦日から今日までに600冊程度売れている。早く発送したいのだが、クロネコヤマトが来るわけがない。発送は当分お預けだ。購入した人には販売している古本屋がまさか雪に埋もれているとは思いもよらない。そろそろ問い合わせのメールが来ているかもしれないが、確認のしようが無い。
とりあえず出品を取りやめにして、アマゾンには事情をメールで説明しておいた。
アマゾンのほうからその旨購入者に連絡してくれるとの事。
よかった。
但し、販売された600冊は全てキャンセル扱いとし、全額返金処理をするとの連絡。
ちょっと悲しいがしょうがない。とりあえず、お客様に連絡を取ってもらえただけでも幸いと考えよう。
そういえば、倉庫の本は大丈夫だろうか。ひょっとして、押しつぶされた倉庫の中で雪に埋もれているんじゃないだろうか。
全滅。
急に不安になってくる。
突然電話が鳴った。
「もしもし」
「・・・」
「もしもし」
「・・・」
返事がない。
突然、ミシッという音がして、天井が落ちてきた。
私は意識を失った。
電話の音が遠くで聞こえる。手を伸ばすが届かない。
で・ん・わ・の・お・と
どこから聞こえてくるんだ。
で・ん・わ・の・お・と
急に押し潰されそうな体が軽くなった。天国に行くんだろうか。
私はベッドの上で目が覚めた。
携帯電話のアラームが部屋中に鳴り響いている。
窓から外を見た。
先日降った雪がようやく溶けて、庭の地面が所々見えている。
よかった、夢だった。
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