中3の娘の県立高校の合格発表から早や3日。
我が家にもようやく春がやってきた。
山に引っ越して11度目の春。
私にとって54度目の春。
地球にとっては何度目の春なのだろう。
ジュラ紀の恐竜達にも春は在ったのだろうか。
ネアンデルタール人も私と同じように春を感じたのだろうか。
イルカ達には春の音が聞こえるのだろうか。
今年は例年に無く雪が少なかった。
大地は春の日差しの中でいつもよりちょっぴり早く目を覚ましたのだろう。
事務所の前に子供達が摘んできた「ふきのとう」が置いてあった。
娘が幼稚園に通っていた頃だ。
家の裏手に広がる、うち捨てられた湿田にうっすらと残る雪を踏みしめ、娘と探検をしたことがある。
家から300mほど離れた所に、大きな栗の木が見える。秋に栗拾いをした場所だ。
頼りなげなか細い手を引いて、2人で静かに歩いていく。
雪はかろうじて娘を重力から守ってくれるが、気を抜くと、私の足は雪の下にめり込み、湿田に足を取られる。
途中に幅1メートルほどの小川があり、行く手をさえぎっている。
怖がる娘を両手で抱き上げて、向こう岸に運んだ。
生まれて初めて抱き上げた時、その軽さに驚いたくらい小さく生まれた娘だが、その時、私の両の手には娘の成長がずっしりと伝わってきたのを良く覚えている。
ようやく栗の木の下までたどり着いた時、不思議なものが見えた。
あれ、なんだろう。
なんだろうね、お父さん。
それは、白い雪面にうっすらと青白い光を放っている。
良く見ると、雪が荒いザラメ状になり窪みを覆っている。
半透明の青白い雪の下に何かがある。
それは薄い繭のように、小さな秘密を閉じ込めている。
これ、なんだろう。
なんだろうね、お父さん。
それは、一冬の間、栗の木の下で私達が来るのを待っていたのだろう。
ジャスパー国立公園で見た深い氷河のブルーに似た光が私達を誘っている。
訪れるものの無い早春の来訪者を歓迎しているようだ。
私は、窪みを覆っているザラメ状の雪をそっとすくった。
新緑のように鮮やかな緑が私達の目に飛び込んできた。
太陽の光を受け、それはまぶしそうに葉脈をしばたかせた。
あぁ、はっぱだ。きれい。
ほんとだね。きれいだね。
私達は、かつてのアメリカインディアンのように
春が持つ再生の力
自然が持つ不思議な力に包まれていた。
これ、もってかえっていい。
どうして。
おかあさんにみせてあげるの。
いいよ。
娘の小さい手が窪みの中に入っていく。
魔法が解けてしまうのを恐れるかのように、小さな指が静かに緑の下に滑り込む。
息を凝らした娘の顔は氷のように張り詰めている。
娘はそっと手のひらで葉っぱをすくった。
私を見上げた娘の顔はくしゃくしゃの笑顔。
くしゃくしゃの笑顔を見つめる私もくしゃくしゃの笑顔
私の記憶の中に今も生きている二人だけの秘密だ。
そんな娘が高校生になる。

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